先生の日記

  • 2012年01月26日 何のために学ぶのか?

     「何のために学ぶのか」あるいは「何のために働くのか」と問いかける若者が多いという。たしかに、学ぶ目標や働く目標ないしは目的が明確であればあるほど人はより真剣にかつ効率的に学習や労働に勤しむことができるのは事実であろう。

     しかし、彼らの問いかけは実のところ、その目的や目標を問いかけているのではなく、費用対効果を問いかけているところに問題がある。つまり、彼らが問いかけているのは、「それを学んで何になるのか、自分にどういう利益を生み出させてくれるのか。自己の労働に対してどれだけの対価を得ることができるのか。」という経済的効果を問題にしているのである。

     先日の徳島新聞の文化欄でも取り上げられていたが、先ごろの高校や中学校での受験科目でない科目の履修偽装などの未履修問題にも繋がる問題だ。高校までの学びは人生や大学などでの学問や社会生活への基盤を形成する教養なのだ。教養や文化は「費用対効果」で取捨選択する事柄ではない。長い人生の地の塩なのだ。

     幸いというか、私のゼミナールには、そういう人は皆無である。目的意識を持って学ぶ人たちばかりである。自分の進路をできるだけ早期に決定できる人は幸せである。それだけ、ゴールを目指して、歩き始めることができるからである。

     しかし、また人生の半ばから、新たな道を歩き始める人たちもいる。学ぶことに遅すぎるという言葉はない。少し困難かも知れないが、真剣に取り組めは必ず道は拓ける。人生に不可能なことはない。最後までやり遂げる覚悟が必要とされるだけだ。

     

  • 2012年01月26日 一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天をみる

     英国の詩人ウイリアム・ブレイクの「無知の告知」の冒頭の言葉である。ブレイクは続ける「一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天を見る」と。一筋の光も闇あればこそ、その存在が明らかになる。光の中で光を見ることはできない。見上げる高峰もまた低き連山や裾野の広がりがあってこそなのである。
     人間の本質は、ブレイクが詠いあげたように一粒の砂や一輪の野の花のようないと小さきものの中に存在する。
     掌中の一粒、その白く輝く一粒の砂の中に、彼は全世界を見ているのだ。今や彼の周りの全世界が、その小さな一粒の砂に凝縮し、全世界を表象しているのだ。いや、その小さな一粒の砂が全世界そのものであるのだ。
     極大の無限の世界を極小の無限の中に握っているのである。極限の無限の中ではその逆もまた成立する。極小の無限の中に極大の無限を見ることもまた可能なのだ。
     「一輪の野の花に天を見る」この詞章もまた同様である。無限の宇宙を小さな野の花に閉じこめているのだ。無限に広がる青い空、天空に散らばる無数の星々が、野に咲く花に宿っている。
     
     「無垢の告知」でブレイクはまた人生の歓喜と悲嘆が織りなす「神に与えられた魂がまとう衣」を、さまざまな苦痛に満ちた生を詠っている。人間は歓喜のうちに生まれ、悲嘆の中でその生を終えねばならぬ存在である。人の世の喜びと悲しみ、歓喜と悲嘆はゆえに人間にとって必然的なものなのだ。その悲しみ、悲嘆をくぐり抜けてこそ、我々は心の平安を得ることができるのだ。耐え難いと思える悲しみ、永遠に続くかと思える悲嘆、極大の無限から極小の無限へ「一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天を見る」とき、私たちは、その悲しみと悲嘆を一粒の砂に閉じこめ、一輪の野の花に包み込み、癒されて、その心の痛みを心の糧として、いわば魂が浄化されて、再生できるのである。

    冒頭4行の原文は、

     To see a World in a Grain of Sand
    And a Heaven in a wild Flower
    Hold Infinity in the palm of your hand
    And Eternity in an hour

    William Blake
    Auguries of Innocence

    一粒の砂に世界を見、
     一輪の野の花に天国を見る
     手のひらに無限をつかみ、
     一瞬のうちに永遠をとらえる

     an hour は2行目の flower と韻を踏んでいます。

     ブレイクのこの詩には生きる力がある。この詩には生きる智慧がある。
     ブレイクのこの詩には人を生かす力がある。この詩には人を生かす智慧がある。

     ブレイクのこの詩は哀歓を織り交ぜた人の世を歩み続けるすべての人の道標である。

     

  • 2010年06月23日 教務力の高さの基盤は圧倒的な量の教材群!

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     看護医療ゼミナールの教材はメインテキストを中心に圧倒的な量のDVDやビデオなどの視聴覚教材と周辺の知識を補充する補助教材群で構成されています。DVDやビデオ教材は約2400、参考書籍約5000冊を数えます。学部の蔵書にも匹敵する教材を揃えています。

     一例として、ケアマネジャー試験対策講座の場合、メイン教材4冊、DVD36巻、ビデオ25巻、補助教材12冊、DVD4巻、ビデオ18巻、問題演習講座テキスト3冊 DVD6巻、コンピューターテキスト12点以上、問題数約20000以上があります。

     看護医療ゼミナールでは、これらの教材を多段階に用います。繰り返し反復学習ができるのです。

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     学習のながれ

     学習のながれを説明します。各分野ごとに、次のような流れで学習します。

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     第一段階は重要事項を覚える学習を行います。DVDやビデオを視聴しながら学習します。
     もし分からないところがあれば、必ず講師に質問してください。丁寧に分かり易く解説します。分からないところを後に残さないことが大切なのです。そして質問して覚えたことは決して忘れないものです。

     第二段階は問題演習です。ここではまず、問題を解きながらDVDやビデオを視聴します。分かり易く解説しています。次にパソコンで問題演習をします。

     そして、問題演習をやりながら、弱点分野の第一段階の作業に戻るのです。
     この学習作業を4回ほど、反復します。

     分かり易いポイントを絞りこんだ映像と説明で、比較的容易に覚えることができます。

     看護医療ゼミナールがオリジナルで制作したパソコン教材は、あなたの解答を記憶します。
     そして、間違った問題だけを自動的に再出題しますので、弱点補強ができるのです。

     印刷したテキストでの学習ではこの弱点補強が大変に難しいのです。

     ここでは介護支援専門員試験対策講座を例にあげましたが、看護医療ゼミナールの学習システムはすべての講座で基本的には同じです。使用する教材が異なるだけです。

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  • 2009年04月26日 合格するコツ教えます!

     徳島で看護医療ゼミナールを開校して11年になります。800人ほどの合格者を徳島県内外の看護医療学校に送り出しました。
     第1志望校合格を目指して頑張る受験生と共に、教材研究を重ね、専門分野である脳科学の最新の知見と学習と記憶の臨床に沿った最適の学習システムを提供しております。

     学校受験には鉄則があります。それは志望校の過去問題に沿った問題演習とその問題を時間内に解ける学力の養成です。受験勉強には、第一に、試験日という時間的制限があります。第二に、試験日当日にも一定の時間内に解答しなければならないのです。いくら分かる、解けるといっても、時間内に実際に解答した問題のみが採点されるのです。

     このことから、受験勉強と学校での授業対策との差異が生まれます。
    実際の試験にでる傾向に沿った問題を、「正確に」しかも「速く」解けるようにする必要があるのです。

     回り道になるようですが、基本問題が楽々解ける学力の養成から着手します。
    次に、志望校の合格水準を見極め、同じくらいのランクにある学校の問題演習に取り組みます。その後は、志望校より少し難易度の高い学校の過去問題に挑戦すれば万全です。

     スタートの今、速読のテクニックを習得することをおすすめします。
    看護医療ゼミナールでは、受講生諸君に無料で「速読講座」を提供しております。
    是非この機会に、3〜5倍速で読書できる速読テクニックを身につけてください。
    進学後に、必ずお役に立ちます。
     

  • 2009年02月08日 新年度用教材制作に多忙な毎日です。

     ほとんどの看護医療系の学校の入試が終わりました。私たち指導者はこれから今年度の入試問題の分析とそれに基づく来年度用教材の制作に着手しています。

     看護医療ゼミナールでは、生徒さん一人ひとりの学力に対応して学習して頂けるよう、同一問題でも最低2段階〜3段階のレベル別に教材を制作します。学力差の多い数学では5段階の教材を制作するのです。大変な作業量になります。
     
     しかし、この作業が報われるのです。大学編入試験を受ける生徒さんは9月、10月が受験となるので早めの作業が必要なのです。もちろん、生徒さんも早期からの受験勉強が必要となります。大学編入は一般に英語で合否が決まる学校が多い。単語の習得と長文和訳に慣れるためにも十分な時間をとることを勧めます。

     

  • 2009年02月08日 19年度県立看護専門学校数学科推薦入試問題解説

    平成19年度県立看護専門学校数学科問題解説

     今回より、県立看護専門学校推薦入試問題の解答解説を掲載します。ご期待下さい。
    できるだけ簡単迅速に解ける方法を教えます。数学が苦手な生徒でも大丈夫必ず解けるようになります。

     今回は、問題1の解答解説を行います。まず、自分で解いてみてください。
    その後で、解説を見てください。目標時間は5分です。


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     ついで、問題3の解答解説を行います。本年度は2次関数とx軸の面積問題だったので、例年より簡単であったと思います。

    まず、自分で問題に取り組んでください。解答時間は5分です。

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  • 2007年01月28日 合格発表の日に

     国立病院機構東徳島病院付属看護専門学校と健康保険鳴門病院看護専門学校の合格発表の日、受験生から合格の朗報が次々に届いた。高校生に伍しての社会人の生徒たちの合格の二文字は特にうれしい。彼ら、彼女たちの頑張りが結実した瞬間だからだ。高校生と異なり、社会人として、家庭や職業を持つ人たちには県外への進学は困難だ。それゆえに、進路の選択は必然的には狭くなる。週2回か3回の学習時間を確保するだけでも大変なのが実情なのだ。それらの事情を知っているだけに、社会人の合格は指導する私にとってもうれしいのだ。

     年齢や出身高校は実は合格には、あまり関係はない。普通科高校の生徒のみならず工業や商業高校からも多くの合格者がいる。志望校の合格ミニマムを早期に学習し、志望校の過去問題と類題の演習を確実に習得することが、あなたの合格への最短路なのだ。長時間の学習が合格への道とは限らない。出題される問題を確実に解ける学力が必要なのだ。

     難しい問題ほど実は簡単に解ける解法が存在するのである。特に数学にはその傾向がある。発想を変えれば、楽に解ける。看護医療ゼミナールではそのような数学教育を提供している。他の科目も同様に、限られた有限の時間を有効に活用できる教育システムと教材がある。

  • 2007年01月20日 学び方のまなびかた   速読法・・・覚えたい学習ツール

     私たちが学ぶべきことは、いかにテキストや資料を読み取るかである。

     第一に言葉の定義をしっかり理解する。私たちが学ぶべきものは自然科学であれ、社会科学であれ、科学である。重要なキーワードの定義を明確に把握できればどのような科目であれ、完全にまた、容易に全体が理解できる。

     誤った意味でキーワードを理解すれば、全体の意味を正しく理解することができない。
    言葉の定義を正確に学ぶ。このことが学び方の第一である。

     第二に学ぶべきは速読法によるテキストの読み方である。

     私たちは1分間に個人差はありますが、250語を聞き取ることができます。
    では、目では何語を読み取ることができると思いますか。平均値で1分間で2000語を処理できるのです。目は耳よりも情報処理の速度が速いのです。

     ということは、視覚的に読書するだけで、聴覚的な心の音声処理を伴う通常の読み方に比べて、8倍ものスピードで読むことができるのです。

     ここで大事なことは、リーディングを速くするのが目的ではなく、理解を速くするために、速読を練習するということなのです。

     私たちが処理しなければならない重要な情報は、個々の単語ではなく、それらの言葉が集まって表している概念なのです。ですから、内容を把握するのに、必ずしもその1語1語を逐一読み取る必要はありません。

     この速読法は、通常2,3回の訓練で習得できます。1500語〜2000語程度で学習法としては十分です。
     
      この速読法が習得できれば、問題を読み、理解するのも速くできます。また、参考書を読みのも従来の少なくとも3〜5倍程度の速さで読めるので、楽々受験勉強ができますよ

  • 2007年01月16日 NEWタイプの心理教室を目指して

     昨年11月、看護医療ゼミナールの心理教室として心理カウンセリング研究所を、看護医療ゼミナール1Fに、心理臨床の場として徳島臨床心理研究所を開設した。
     心悩める人たちが普通の社会生活に参加するために必要な思考とスキルを再獲得する学びの場としたい。心悩める人やその家族の方々に心を癒す方法を獲得してもらいたい。
     増加するうつや社会不安障害の人たちが楽に生活でき、社会参加への歩みを進めて頂きたいと思いから、近藤教授の心理教室を開講しました。
     クライエント一人一人のニーズと真剣に向き合って、カウンセリングと心の病気の概要を解きほぐす心理教室です。
     また、医療福祉関係の専門職の方々を対象に、専門職コースも開設しています。日常の業務に心理学的アプローチがとれるようになり、患者さんへの対応に幅が広がります。呼吸法やリラクゼーション法を患者さんに応用することで睡眠障害や患者さんの心理面のサポートにも役立ちます。
     最近、キレル子供さんが増加していることが新聞やテレビで報道されています。
    子供だけではありません。青年や成人も増加しています。キレないための心理教室の開講準備も進めています。
      

  • 2007年01月09日 効果的な学習とは

     記憶容量を増やし、学習スピードを高速モードにするには、学習に入る前の準備が重要となる。
    自律神経が乱れた状態では勉強しているポイントを的確に覚えることはもとより学習の入り口に入ることすら困難となる。

     まず閉眼して、深呼吸を3回する。その後、心臓を意識しながら「愛」とか、あるいは自分の好きな場所を思い浮かべながらゆっくりと呼吸する。これで、あなたの自律神経の乱れはなくなる。学習内容に集中することができる。あなたが学習する内容がダイレクトに記憶することができるようになっている。
    自律神経をコントロールする最短コースは専門機器の利用である。看護医療ゼミナールのコンピュータには10台稼動中だ。

     つぎに、複数の内容を覚えるときには、3から4、最大でも5までにその内容をグループ分けする。学習心理学や認知心理学の知見では、ひとがたやすく記憶した内容を想起し、再生することができるのが、3から4で最高値を示すからである。

     できるだけ、学習内容を映像化し、音声化しよう。これだけでも記憶容量は大幅に増加する。
    学習する喜び、学ぶことの楽しさを実感できる教材を利用することも必要だ。看護医療ゼミナールにはそのほとんどがある。
    学習者は確固たる目的をもって勉強し、合格を信じて学習を継続する。

     指導者は「必ず伸びる、必ず伸ばす」ことを確信して、指導する。合格の2文字はその彼方にある。

  • 2007年01月08日 夢を抱き、明日を語れる未来を

     「歯科医大浪人生によるバラバラ殺人事件」が新年早々発覚し、奈良県での「医師一家放火殺人事件」との相似点の探求がTVで、心理学者、精神科医、法医学者、教育評論家によって、各局が競って放映している。両者に共通しているのは、加害者の精神構造の単純さと幼稚性である。奈良県の事例では、少年は放火後、逃走中に見知らぬ家に入り込みワールドカップを観戦していた。浪人生の事例では、バラバラ遺体を放置したまま予備校の合宿に参加していたのである。1つのことにこだわりがあり、それ以外の事象は思案の外にある。

     原因の探求も必要であるが、最大の要因は、この国の家庭と家族機能の不全にあるのではないか。もちろん、知識や学力の獲得も重要だ。それなくしては、専門教育の履修もできない。小学校、中学校、高等学校、大学や専門学校へと連なる教育の課程の中で、人は多くを学ぶ。教育は大別して、教養と専門教育の2群に分かれる。前者は専門教育の準備段階である。社会参加の前提条件となるべき重要な存在である。数学や英語、国語、古文、日本史、世界史、倫理、物理、化学、生物など、すべてが教養の1つであり、その専門が何であろうとも、身につけておくべきものだ。受験に必要ないからといって履修しない、未履修を履修したと強弁する。この国の教育は歪んでいる。人間性を高める教育をと願うのは私だけではないと思う。

     教科などの学習科目は学校や塾などに頼らざるを得ないであろうが、情操や倫理・道徳などの心の教育や社会参加のためのしつけなどは家庭の大事な機能の1つである。社会全体で、家庭を支援する制度の構築も急務だ。核家族化の増加で、家庭や社会の教育機能の伝承の齟齬を来たしている現状では、母親だけにその重責が集中する恐れがある。なによりも自己と他者の「命」の尊厳を教えて欲しい。

     先の両事例の共通するもう1点は、二人とも、学習に、あるいは試験に挫折したことである。そのことが事件を引き起こした一つの要素であることは確かである。仄聞するところでは兄妹の間に意思疎通困難な感情的な問題を抱えていたようである。兄への一方的な否定的言動が多かったと聞いている。兄にも又、その言動を受け止める心理的余裕がなかったのであろうと考えられる。挫折した2人の兄妹が互いに支え合い、慰め合う行動をとれなかったことが残念でならない。追い詰められ逃げ場のない兄が感情を爆発させた結果の悲劇である。受験の重圧が彼をそこまで追い詰めたのであれば、3浪の歯科大浪人生の場合、もし私の子供であれば、私は躊躇なく、志望校を変えることを提案したであろう。学力にあった歯科大へのランク下げも時には必要だ。「オール オア ナッシング」ではなく、私ならベターを提案する。挫折は傷ではなく、明日への希望を点すエネルギーなのだ。今はできないことも、明日ならできることもある。
     
     夢を抱ける社会と夢を語れる未来がある。幻想であったかも知れないが、私たちの時代には存在した、そのような時代が再び来ることを確信している。嵐の後には、穏やかな日々が来る。  

  • 2007年01月07日 今を生きる

     「格差社会」が最近のキーワードとなっている。経済的な勝ち組対負け組が社会における階層性を構成する段階になったということであろう。かって「総中流意識」がキーワードであったこの日本の中で、お年寄りやの若者の一部の社会的弱者といわれる人々の中に信じられないほどの経済的貧困層が増え続けている現実の前に、「美しい国造り」のスローガンが、空しく響く。経済界を席捲している「グローバル主義」の主張にも危惧を覚える。「地方の時代」「地方分権の時代」という言葉も、「地方切捨て」につながるのではないかと憂えるのはわたしだけではないと思う。

     「乏しからざるを憂えず、斉しからざるを憂う」という先人の言葉がある。このままの時代が続くようであれば、経済的貧困層の階層化につながる恐れもある。教育の分野においてもそうだ。目先の現象だけに捉われず、長期的な目的意識と視点をもつ制度の改革が必要なのだ。教育はひと造りなのである。

     勉強する一部の生徒と勉強しない大部分の生徒が存在する以上、大きな学力差が存在するのも当然の現象であろう。しかし、その学力差は生徒の学習能力、そのものと同一ではないのだ。
    学習する喜び、学ぶことの楽しさを実感させることが必要だ。

     わたしは、10年間ほど、看護医療予備校の経営に携わってきている。医歯薬系に進む生徒と異なり、看護医療系に進む生徒の方が、中学・高校と学習に力を入れなかったと生徒の割合が多い。
    だが、目的をもって勉強しだすと、見違えるように成績が急上昇する生徒の方が多くなるのだ。
    そして、彼ら生徒たちに最適な教材と学習法を提供するのがわたしの主たる仕事なのだ。

     「必ず伸びる、必ず伸ばす」合格の2文字はその彼方にある。

  • 2007年01月06日 学習とは

     私の医学分野における専攻は神経科学であり、心理学分野の専攻は臨床心理学と脳神経心理学、認知心理学である。いかに、学び、どのように記憶すれば学習効率の高い学習が可能なのかは今も研究と実践の途上にある。

     とくに、時間的に余裕のない看護医療系や福祉系などの国家試験予備校と看護医療系学校への受験生を教える上で、このことは重要なことである。エピングハウスの忘却曲線が示すように、人は忘れる動物である。忘却曲線の上をいくには、反復が重要なのだ。しかし、ただ反復すればよいというものでもない。人間の記憶に関わる大脳辺縁系や海馬などに、いかに長期記憶として収納するかが重要なのだ。ここでも反復が求められる。人間の五感を活用して多面的な学習活動が必要となる。暗記だけでもダメなのだ。人間は自己が理解できないものを記憶することはできない。わかることがまず必要なのだ。

     映像や音声を伴う個別学習と個別指導に私がこだわるのは、そのためなのだ。
    個々の質問に答える学習法を個別指導と称しているひともいるが、わたしはそれは本当の意味での個別指導や個別学習ではないと考えている。真の個別学習とは、生徒ひとりひとりが、自分のペースで学び、理解を進めていく学習なのだ。そのためには、学習準備に膨大な時間と多額の費用を必要とする。学力が異なる多様な生徒に対応するためには、多種多様なマルチ教材が必要なのだ。

     その上に、毎年の本試験を分析し、その問題に対応した教材を作成する必要がある。市販される教材も一部あるが、大部分は自校で作成することになる。

     ケアマネを対象とした介護支援専門員受講資格試験なども、その典型的な例だ。例年25%から17%の合格率なのだが、本校受験生の合格率は毎年90%から95%に達する。徹底した反復学習と多様なAV教材の決め細やかな学習指導がその秘密なのである。

  • 2007年01月05日 千の風に吹かれて

     新井満の「千の風に吹かれて」が昨年話題になっていた。訳詩ではあるが、その出典には、諸説があり、読み人知らず、unknownと表記してある作品も多い。アイルランドの24歳のテロに斃れた青年の手紙、遺書の中にある詩という説とユダヤ系アメリカ人女性が作詩したという説があり、後者が有力視されている。前者は後者の詩を引用したものである可能性が高い。

     原作者が誰であるかということよりも、やはり作品、そのものの持つメッセージが私たちの胸をうち、心を揺さぶるのである。有限の命を生きる私たちにとって、死と別離は不可避なのだ。この世の中の悲しみで、大事な人との別れほど、悲哀に満ちたものはない。人は自然の一部であり、自然そのものの構成要素の1つなのだ。ゆえに、ひと死ぬ。それが自然の摂理であり、そのようにして、ひとは進化の道を辿ってきたのである。

     生まれ、生き、そして死ぬ。人類は無限ともいえる時間の中で生きているのである。人は死ぬことによって、永遠に生きることができるのである。個体としての人の死が、腫としての人の生存を可能としてるのである。人の生は人の死の上に保障されているのだ。つまり、生と死の等価性がここに存在している。
    換言すれば、生と死は連続性があるのである。

     愛するひとや大事なひとを喪失した悲しみを癒すのは時の流れなのです。
    必然としてのひとの死を真摯に受容することもまた、あなたの心を癒すのに必要なのです。
    そして、その悲しみを乗り越えたひとだけが、真に人を愛し、今を生きているのだと思います。

     この詩を繰り返し、読んでください。そして、声に出し、朗読してください。
    「千の風」になって、自然を映像化して、この詩を朗読してください。
    それだけの価値のある詩です。

    原詩 Unknown版

    A THOUSAND WINDS

        Do not stand at my grave and weep,
        I am not there, I do not sleep.

        I am a thousand winds that blow,
        I am the diamond glints on snow,
        I am the sunlight on ripened grain,
        I am the gentle autumn's rain.

        When you awake in the morning hush,
        I am the swift uplifting rush
        of quiet in circled flight.
        I am the soft star that shines at night.

        Do not stand at my grave and cry.
        I am not there, I did not die.

             (Author Unknown)

    千の風

        私のお墓の前に立って、涙を流すのはやめてください
        私は、そこにはいないのですから
        私は、眠ってなんかいないのですから

        私は、千の風になって吹き渡っています
        私は、雪の日にはダイヤモンドダストとなってきらめいています
        私は、太陽の光となって豊穣の穀物を照らしています
        私は、秋には穏やかな雨となって降り注いでいます

        あなたが、朝のしじまのなかで目覚めるとき
        私は、鳥になって、静寂の帳(とばり)を空高く舞い上げています
        そして、夜には優しい星となって輝いています

        だからどうか
        私のお墓の前に立って、泣くのはやめてください
        私は、そこにはいないのですから
        私は、死んでなんかいないのですから

                  ワシモ(WaShimo)訳 

    原詩 1932年 メアリー・フライ

    Do not stand at my greave and weep
    Words by Mary Frye


    Do not stand at my grave and weep
    I am not there, I do not sleep
    I am in a thousand winds that blow
    I am the softly falling snow
    I am the gentle showers of rain
    I am the fields of ripening grain
    I am in the morning hush
    I am in the graceful rush
    Of beautiful birds in circling flight
    I am the starshine of the night
    I am in the flowers that bloom
    I am in a quiet room
    I am in the birds that sing
    I am in the each lovely thing
    Do not stand at my grave and cry
    I am not there I do not die

  • 2007年01月04日 佐野洋子 100万回生きたねこ

     「100万回生きたねこ」はひとはなぜ生きるのかという根源的な問いに答える必読の絵本だ。
    有限の時の中で、生まれ、生き、そして死んでゆく総ての生命あるものの生き様を分かりやすく
    私たちに問いかける数少ない良書のひとつである。

     100万回生きたねことは、つまりは永遠のいのちを持つねこということである。しかし、彼の不幸は他者を愛することを知らなかったことにある。自分はOKだが、他者はNOの生き方の100万回ものいのちを生きてきたねこは真の意味において”生きた”のではなく、単に時の流れの中を“彷徨って”いたのだ。

     しろねこへの愛とその間に産まれたこねこたちへの愛を得て、初めて、○○が大きらいでしたが、○○が大好きでしたに変容し、さらには○○がじぶんより好きなくらいでしたに変化したのだ。
     しろねことこねこたちへの愛が存在し得たからこそ、100万回生きたねこは100万回目にして、初めての生を得ることができたのはなかろうか。

     愛という言葉やその概念は人間の生理や心理に大きな力をもつのだ。コヒーレンスという言葉がある。同調という物理学の専門語である。大きなエネルギーと小さなエネルギーが共存すると小さなエネルギーは大きなエネルギーに同調するというように使われる。心臓の生体電気エネルギーは脳のそれよりも1000倍以上も大きい。ゆえに、心臓と脳のエネルギー波形が同調するのである。

     愛という言葉や愛する者を考えながら呼吸を続けると、心臓の波形に同調して脳の波形が変化する。そして、このことが自律神経の安定化をもたらす。愛という言葉や概念が心拍変動や自律神経をも変化させるのだ。

     これらの神経心理学的知見がうつやさまざまな不安、とくに最近増加しつつある社会性不安障害などの心理臨床に大きな貢献ができるのではないか。

     また、受験や学習に際して、心拍一貫法—コヒーレンスの習得は、みなさんの学習効果を高める上でも非常に重要な方法なのである。自律神経が乱れたままでは、記憶することはもとより、学習そのものに取り組むことすら困難になるからである。

  • 2007年01月03日 伊勢朝熊山の初日の出

     朝熊山と書いて「あさまやま」と読む。地名や人名はそれぞれに由緒来歴があるので難しい。新春に恒例の伊勢参りに出かけた。

     伊勢スカイラインの朝熊山頂から何年ぶりかの初日の出を見ることができた。1年365日、太陽は変わらず東の空から昇り、西の空に沈んでゆく。人の生まれる遥かな悠久のときから、太陽は同じ運動を続けてきたのである。人もまた太陽の恵みを受け、生きてきた。

     伊勢神宮のご祭神は天照皇大神である。いわば太陽の象徴が神格化された天皇家の祖神である。伊勢は初日の出のご来光を迎えるには最適の地なのだ。

     日本人は自然とともに生きてきた。本来農耕民族である日本人は自然と一体化することによって生活してきたのだ。自然に抱かれてこの日本の風土の中で生かされてと言っても過言ではない。農耕は究極のバイオサイエンスなのである。季節とともに作物を植え、天地の恵みを受け、収穫の時を迎える。

     1年のときを経て、衰えた太陽が再生のときを迎える。それが、正月元旦の初日の出なのだ。雲上の真っ赤な太陽は新たな生命の息吹に溢れている。